事業再編・統合の手法としてのM&Aの手法は、
①株式譲渡、②事業譲渡、③合併(吸収合併)、④会社分割(吸収分割)の4つに整理されます。
(2018年度版中小企業白書第6章第2節での「M&Aの概念整理」による)
②事業譲渡に伴う会社間の労働者の承継については、事業譲渡等指針、
④会社分割(吸収分割)の労働者の承継では、契約契約承継法、承継法指針
がそれぞれ定められています。
なお、③合併(吸収合併)については、事業譲渡等指針の最後の項で基本的な考え方が簡潔に述べられています。
労働契約承継法及び承継法指針
この法律と指針では、会社分割での分割会社(既存の会社組織を分割する側)と承継会社等(分割で切り出された組織を受け入れる側)の間での労働契約の承継に際して必要となる労働者保護の手続きについて、時系列でつぎの5つを定めています。
ここでの「承継会社等」は、吸収分割における承継会社と、新設分割における設立会社のことです。
▼以下で、5つの手続き事項をぞれぞれ説明します。
1-1 労働者の理解と協力を得る努力
分割会社は、過半数労働組合もしくは過半数代表者との協議などにより、労働者の理解・協力を得るよう努めるものとされています。
協議の対象となる事項は、次の5つであり、協議の開始時期は、おそくとも「労働者との事前の協議」開始までとしています。
● 会社分割の背景・理由
● 双方の会社の債務履行の見込み
● 労働者が「3.労働者・労働組合への通知」の対象に該当するか否かの判断基準
● 労働協約の承継
● 会社分割に当たって生じた労働関係上の問題の解決手続
会社側は、労働組合からの会社分割に関する団体交渉を、この手続きを行っていることを理由に拒否することはできません。
1-2 労働協約の債務的部分の承継に関する労使同意
「労働協約の債務的部分」とは、労働協約の規定のうち、労働条件その他労働者の待遇に関する基準を定める部分である「規範的部分」以外を指します。
債務的部分の承継には、
● 分割会社と労働組合との間での合意
● 該当する部分を承継させる旨の分割契約などへの記載
をいずれも行う必要があります。
そして、分割契約等の締結前にあらかじめ労使間で協議を行い、合意をしておくことが望ましいとしています。
2 労働者との協議
次項の「3.労働者・労働組合への通知」対象に該当する労働者に対して、その通知期限日までに、会社分割に伴う労働契約の承継について、次の事項に留意して事前の協議を行うこととしています。
● 通知期限日までに十分な協議ができるように時間的余裕をもって協議を開始すること
● 説明する事項は、
① その労働者が勤務する会社の概要
② 双方の双方の会社の債務履行の見込み
③「3.労働者・労働組合への通知」の対象に該当するか否かの考え方 など
● 本人の希望を聴取した上で、
① 本人の労働契約の承継の有無
② 「承継する」「承継しない」のいずれかとした場合に、その労働者が従事予定の業務内容、
就業場所その他の就業形態
などを協議する
● この協議の代理人として、労働者が労働組合を選定した場合は、その労働組合と誠実に協議
すること
● この協議を全く行わなかった、もしくは実質的にこれと同視できる場合は、
対象となる会社分割の無効の原因となり得るとされていること
3 労働者・労働組合への通知
■ 通知対象となる労働者、労働組合
通知対象となる労働者は、
① 主に承継事業に従事する労働者(主従事労働者)
② 主従事労働者以外で承継対象とされた労働者(承継非主従事労働者)
の2つであり、労働組合は、当該分割会社との間で労働協約を締結している組合になります。
■ 通知事項と通知方法
通知事項は、労働者が10項目、労働組合が7項目を定めています。
通知方法は書面の交付であり、その通知書の様式が、労働者・労働組合の別、吸収分割・新設分割の別で計4種類提供されています。
■ 通知期限日
法律上の通知期限日は、組織形態や承継方法により次の2つのパターンとなります。
指針ではこれらとは別に通知日を行う日として望ましい日(通知日)も定めています。
● 会社分割について株主総会を要する株式会社(原則の方法による分割)
➤ 分割契約等を承認する株主総会の日の13 日前(2週間前の前日)
● 会社分割について株主総会を要しない株式会社(簡易分割)・合同会社
➤ 分割契約等が締結・作成された日から2週間を経過する日
4 該当労働者による異議の申出
この申出のしくみは、労働者を、これまで主に従事してきた業務から切り離される不利益から保護するという考えに基づくものです。
対象者と申出の対象となる通知内容、申出の法的効果は下表のとおりです。
次の異議申出期限日までに適切に異議申出が行われた場合には、会社分割の効力が生じた日に、異議申出の効果が発生します。
● 会社分割について株主総会を要する株式会社(原則の方法による分割)
➤ 通知期限日の翌日から承認株主総会の日の前日までの期間の範囲内で、
分割会社が定める日
● 会社分割について株主総会を要しない株式会社(簡易分割)・合同会社
➤ 吸収分割契約又は新設分割計画に係る分割の効力発生日の前日までの日で、
分割会社が定める日
※分割会社が異議申出期限日を定めるときは、通知がされた日と異議申出期限日との
間に少なくとも13日間、置かれなければならない。
5 労働契約の承継・不承継
分割の効力が生じた日に、分割契約等に承継の定めのある労働契約が承継会社等に承継されます。
一定の労働者が異議の申出を行った場合には、前述のとおり労働契約の承継・不承継が覆ることになります。
事業譲渡等指針
この指針は、事業譲渡に伴う譲渡会社(事業の売り手)と譲受会社(買い手)の間での労働契約の承継に際して必要となる労働者保護の手続きで、留意すべき事項について定めたものです。
1 事業譲渡での承継予定労働者との事前協議
事業譲渡における労働契約関係の権利義務の承継は、特定承継(個別の債権者の同意を必要とする承継)となります。
そのため、譲渡会社などへの労働契約の承継に際して、承継予定の労働者から事前に「真意による承諾」を得る必要があります。
承継予定労働者からの承諾を得るにあたっての留意事項は次のとおりです。
● 承継予定労働者に、十分な説明をするなど時間的余裕を見て協議を行うことが適当で
あること
● 協議で説明する事項は、
① 双方の会社の債務履行の見込みなどを含んだ事業譲渡に関する全体の状況
② 譲受会社の概要、就業業務内容や就業場所といった労働条件 など
● 労働条件を変更しての承継は、その変更についての同意を得ること
● 事前の協議の代理人として労働者が労働組合を選定した場合は、その労働組合と誠実に
協議すること
● 意図的な虚偽情報の提供などにより得た承諾は、承継予定労働者による取り消しがなされ
得ること(民法第96条第1項の詐欺又は脅迫による意思表示の取り消し)
この事前協議の結果、承継への同意が得られなかった場合は、その労働者を譲渡対象外の事業部門に配置転換などする必要があります。
また、承諾が得られなかったことのみを理由とした解雇は一定の場合には、使用者の権利濫用として認められません。ここでいう「一定の場合」とは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合を指します。
2 事業譲渡での労働組合などとの手続
譲渡会社は、過半数労働組合もしくは過半数代表者との協議などにより、社内労働者の理解・協力を得るよう努めるものとしています。
協議事項として考えられるのは、
● 事業譲渡の背景・理由
● 双方の会社の債務履行の見込み
● 承継予定労働者の範囲
● 労働協約の承継 などです。
労働組合からのこの事業承継に関する団体交渉を、その組合が承継対象労働者の代理として事前の協議をしていることを理由に拒否することはできません。
3 合併に当たって留意すべき事項
合併における権利義務の承継の性質は、いわゆる包括承継であるため、合併により消滅する会社等との間で締結している労働者の労働契約は、合併後存続する会社等又は合併により設立される会社等に包括的に承継されます。このため、労働契約の内容である労働条件についても、そのまま維持されることに留意が必要です。(指針原文のまま)
【この投稿の執筆者】
札幌・新道東コンサルオフィス代表
特定社会保険労務士 塚田 秀和